死者の書

エジプトの呪い・・的な臭いがプンプンする『死者の書』!オドロオドロしい魔術的なものではございません!

もはや芸術の部類!パピルスなどに美しい絵と古代エジプトで使われていたヒエログリフで書かれているもので、死者の冥福を祈りともに埋葬された葬祭文書だそうです。内容としては、死者の霊魂が肉体を離れてから死後の楽園『アアル』に入るまでの過程や道しるべが描かれています。 格安送料でご自宅でのお引き取り・お届け。ビデオやdvdのダビングすべてパソコンを使った高品質デジタル編集仕上げ。レーベル印刷、チャプタ設定(一定間隔)は無料。写真付きレーベルも無料。

『Rw Nw Prt M Hrw』

日本語でいう『死者の書』ですが、書名をラテン文字化すると『Rw Nw Prt M Hrw』で、『ル・ヌ・ペレト・エム・ヘル』とか『ペレト・エム・ヘルゥ』と読まれます。日本語に直訳すると「日下出現の書」となるらしいのですが、なぜ『死者の書』なんでしょう?

これは1842年プロイセン王国のエジプト学者、カール・リヒャルト・レプシウスがパピルス文書を『エジプト人の死者の書』と名付けて出版したことが発端のようです。これが "Book of the Dead" などと英訳され、広く知られるようになりました。いろいろなものをぎゅ~~っと凝縮してしまった感じです・・。つまりはそうなんだけれど、「日のもとに出現するための呪文」のほうが、神々しい気がしませんかね?そう呼ばれることもあるようです。きっと、これは実物を見たほうが「あーっ!知ってる!」と思われる方が多いはずなんですけど…。どちらかと言うと「絵画」の印象が強いです。(まぁヒエログリフが読めないですからね・・。)壁画とか、エジプト独特の「レリーフ」的な印象で・・。パピルスの巻き物とか、「コフィンテキスト」としても存在します。「コフィン」が棺ですから、「棺に書かれた死者の書」ということですね。「荘厳な雰囲気をもとめられる文書にはくずし字タイプのヒエログリフで書かれている場合がある。」らしいのですが・・。崩し字タイプのヒエログリフって・・。英語の筆記体みたいなものでしょうか・・?

昨年、東京や福岡などで開催された「大英博物館 古代エジプト展」では、全長37mの「グリーンフィールド・パピルス」が公開されました!これは日本初公開だったそうで、今旬な「堺雅人」さんがサポーターとして出ていたのを覚えています!今になってなぜ見に行かなかったのかと激しく後悔・・。

この「死者の書」の流れを印象的に演出するような展示であったようです・・。さらに後悔・・。

ファラオの智慧

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『死者の書』の内容とは・・

冥界へ降る魂に死後の世界およびそこで受ける裁きについて、死者の裁判官、「ウンネフェル」なるオシリスに会った時に語るべきことなどが記されているそうです。死者の書だけど、生きてるうちに読んでおかないと・・でしょうか・・??

心臓「イブ」を天秤にかける死者の裁判の章が有名で、真理の女神マアトの羽根と死者の心臓がそれぞれ秤に乗っており、魂が罪で重いと傾くようになっているそうです。まさに究極の裁判!この裁判待ち受ける判決といえば…死者が真実を語れば死後の楽園「アアル」行き♪嘘偽りであれば幻獣アメミットに魂を喰われ二度と転生できなくなるという判決が待っているんだとか・・。

この秤の目盛りを見つめるのは「冥界神アヌービス」犬みたいな、馬みたいなあのアヌービス、「犬またはジャッカルの頭部を持つ半獣」だそうです・・。神様だったのですね…。神秘的で、見方とも敵とも決められないようなあの出で立ちには、神様としての「おそれおおい」感じが漂っています。

エジプトでは「人は死後に冥界で長い旅路に出て、来世で復活する」という観念がおおもとになっていましたから全てその概念に沿った行動や副葬品なのですが、「ミイラ」や内臓を保管する為の「カノプス壺」など単体で取り上げられてしまうと、ホラー的な印象だけを与えてしまうものもあります。それが「ファラオの呪い」や「ピラミッドの呪い」などにもつながっていったのかもしれません。

『死者の書』の中でも有名な作品とされているのが、『フネフェルのパピルス』や『アニのパピルス』のようです。アニのパピルスはテーベで発見され、そこには古代エジプト人の死のとらえ方を垣間見ることができるといわれていますが…。

イシスの息子ホルスは言う。ウンネフェル(オシリス)よ、私はオシリス・アニを連れて参りました。彼の心臓(心?)は良く、秤にかけましたが、神あるいは女神に対する罪は見あたりませんでした。トト(文字と知識の神)が神々の定めに従い心臓(心)の計量を行ったところ、それは誠実で正しいことがわかりました。どうか彼に食べ物と飲み物を授け、オシリス神の御前に姿を現すことを許可し、永遠の余生をホルスの従者のひとりに加えてください。
アニは言う。「オシリス・アニは申し上げます。私は死者の国の君の御前におります。私のからだは罪に穢れておりません。私は不実な言葉を口にしたことはなく、偽りの霊をもって行動したことは一度もありません。どうか私が御君の仲間に加えられた人々のようになることをお許しください。そうすれば私は、美しい神の御前でひとりのオシリスとなってふたつの地の主の愛を得ることができます。私こと、ファラオの書記なるアニは、御君を愛し、御前オシリスに捧げる言葉は常に真実であります。」

フネフェルのパピルスの「フネフェル (Hunefer)」 は、紀元前1310年頃の古代エジプトに生きていた書記官でした。第19王朝のファラオ・セティ1世の近くに仕えた執事でもあったという、彼のために制作された『死者の書』は、芸術的に優れています。色取りが印象的で、女神ネフティスの髪の色がきれいな水色で塗られていた印象が強く残っています。メンフィスで死亡した、そんな美しい「死者の書」を持っていた彼は高い地位にあったと考えられています。

その『死者の書』、審判の場面から…。

死者(フネフェル)はジャッカルの頭をもつアヌビスによって審判の場に連れて来られる。次は死者の心臓の重さを量る様子で、結果を待っているアメミットと記録をつけるトートがいる。さらに次は、計量に合格した死者が、隼の頭をもつホルスによって、イシスとネフティスを侍らせた、玉座に座っているオシリスに紹介されるところである。パピルスの上部には九柱の神々(エネアド)がおり、フネフェルが審判官であるその神々を崇拝する姿が描かれている。紀元前1275年頃制作、テーベで発見。

『フネフェルのパピルス』に描かれた、アヌビスがミイラを墓の入り口に立たせ、死者の息子が道具を使って死者の口を開ける「開口」の儀式の描写によって、埋葬儀礼における「開口」の儀式について多くの事を知ることができたそうです。そのためか、大英博物館に収集されたパピルスの中でも多く取り上げられるシーンのようです。

これまでの中で普通に『楽園アアル』と書いてましたが、このアアルとは・・??

「古代エジプト神話におけるアアルの野やエジプトの葦の原野とも言われる楽園のこと。」です。ヘリオポリス九柱神の一柱であるオシリスが支配する世界であるとされています。「神様」は神様なので、「一人」とかって数えないんですよね・・。神様をかぞえるっていうのも「バチあたり」な感じですが、「九柱神」「一柱」のように日本では「柱」をその数え方?単位?(どれもバチアタリ的な言い方でしょうか・・。)になっています。エジプトでも「柱」のような単位があるのでしょうか??気になるところです・・。ま、それは置いといて、「死の書」に描かれていたように、女神マアトの「真実の羽根」を天秤の一方に、他方に死者の心臓を置きます。心臓が軽く釣り合いがとれれば、長く危険な旅を経て永遠の楽園であるアアルに至ることが出来るとされていました。古代エジプト人は死者の霊は心臓にあり、生前の悪事は心臓に染み出て残ると考えられていたんだそうです。なので悪事をはたらかなかった清らかな心臓は女神の羽のごとく軽い・・といった考え方でしょうか・・。そして悪事の染み出た重い心臓は例の「幻獣アメミット」に貪り喰らわれ、それは「第二の死」とされ、二度と転生できないことになるのです・・。

「心臓」=「ハート」。日本語でいう「心」や「魂」が臓器である「心臓」と結びついたのはこの頃からなのでしょうか・・。

無事(?)天秤の審査を経た霊でも、アアルに着くまでの長い旅の途中にまだまだ多くの危険に遭遇するんだそうです。楽園への道のりはそうそう簡単にはたどり着けないのです!さらに楽園アアルに着くいても、いくつかの「関門」を通らなければならず、神への供物の数量に従って、15箇所だったり20箇所だったりと通過して行かなければならないのです。こんな、まさに「難関突破」が必要な「楽園」ですから、この死者の書にはアアルに至るまでの危険回避やら、対処の指南なども書かれているんだそうです。この世で死を迎えた後の指南書として、しっかり転生の道を歩めるようにと書かれた美しい「死の書」。そしてその魂が蘇ったあかつきには戻れるようにとその屍はミイラとなり大切に保管される・・。時として、オカルト的にも扱われがちなエジプトのミステリーな部分は、実はとても堅実で、賢く、信心深さの表れなのかもしれません・・。

ファラオの勅令

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