紀元前エジプトの文明とファラオ

ナポレオンの遠征によって発見されたロゼッタスートン。
その石碑に刻まれていた神聖文字(ヒエログリフ)の解読によって、重い扉を開いたエジプトの歴史は、考古学者を志す私の興味を鷲掴みにし、人が人生に与えられた時間の大半を裂くに値するものでした。
その歴史において必ず外せない存在がファラオ(王様)の存在であり、さらにその中でも恐らく日本においては大ピラミッドのクフ王と並んで有名なファラオ:ツタンカーメンは小生の前世ではないかと思えるほどに鮮烈な輝きをもって、私の人生に多大なる影響を与え続けるのであります。

ツタンカーメンの生涯

それでは、私の前世(?)ツタンカーメンについて語らせていただきます。
歴代ファラオ達と同様、ツタンカーメンも時代の経過による謎に包まれていますがここでは皆さんがよくみる死後のツタンカーメンではなく、生身の人間であった頃のツタンカーメンについて、最新の研究結果をお話しましょう。

誕生から即位まで

唯一神アテンを信仰していたアクェンアテンを父にもち、母親はそのアクェンアテンの実の姉か妹である事がDNA判定の結果から判明しています。古代エジプトの王位継承権は第一王女の夫である事が解っていますが、その夫に兄弟が名乗りを上げたのですから興味深いところです。
この近親婚によって生まれたツタンカーメンはかなりの確率で遺伝的欠陥を持って産まれたと言われており、現存するミイラからもその証拠があがっております。
現在言われている中性的な外見といったツタンカーメンの言い伝えは、この遺伝的欠陥から来る病弱さがどこかで曲解されてしまった名残ではないかと考えます。
病弱ではあるものの、この世に生を受けた王子はアテン信仰者の父からトゥトアンク・アテン=アテンの生写し、と名付けられました。

即位

アクェンアテン亡き跡、王位を継ぐ事になったトゥトアンク・アテンですが、即位後父の信仰していた唯一神を廃止しアムン・ラーの信仰を復活させトゥトアンク・アムン=ツタンカーメン=アムンの生写し、と改名します。
この時、ツタンカーメンは9歳(!)と言われており、このような改革を行うにはまだ若すぎる気もしますが多分に傀儡王であることを匂わせ、改名の他にも、首都をアマルナからテーベに遷都したり、父の打ち出した政策を大きく路線変更するといった若き王たらぬ働きが現代でもミステリーとして好奇の目が向けられています。
例えば父アクェンアテンが推し進めていた宗教改革による一神教は、神が一人なので神殿の数を少なくする事が可能です。神殿の数が少ないという事は神官の数が減り政治的影響力が弱くなってしまいます。ところが政治や宗教に関して右も左もわからぬツタンカーメンが即位したと神官が知ればこれを利用しない手はありません。
父の宗教改革を継ぐ事ができない幼きファラオは、伝統的な多神教の旗とされてしまったと推測する事ができます。
また父の事業を理解しうる年齢にようやく達した頃にこの世から去った事も一連の権力闘争による被害者と想像する事は非常に容易いことではないでしょうか。

崩御〜埋葬

ツタンカーメンが18〜19歳に達した頃、悲劇が起こります。ワインによる毒殺・頭部の打撲といった暗殺説を覆し、事故死説も出ておりますが、私があえて「悲劇」と申しますのは、やはりそこには権力にすがる人間の陰謀が垣間見えるからです。
具体的な死因は近年のCTスキャンによる解析によって明らかとなりました。それは左大腿部の骨折及びその合併症である事が有力視されています。
その骨折は縦方向へ裂けており、折れた骨は肉と皮膚を突き破っただろうと推測されました。それが何を意味するかといえば、現代でいえば交通事故クラスの衝撃が加わらない事には起こりえないと言われます(医療分野には詳しくないのであしからず)。
この若きエジプトのファラオが生きていた時代、そのくらいのダメージを与える事ができる物といえばチャリオットと呼ばれる当時の戦車が有力視されており、私もこの説がもっとも腑に落ちております。

ファラオの智慧


ファラオの遍歴

ツタンカーメンの亡き後、王位は大神官が継ぎました。このことがツタンカーメンの死亡時期やタイミングと相まって私は陰謀説を信じているわけですが、ここで一度、古代エジプト王の遍歴をご覧いただき、残りの分野は他ページにてまた細分化してお話しましょう。

歴代ファラオ
不明 スコルピオン1世 紀元前1321年 〜1293年頃 ホルエムヘブ
不明 イリホル 紀元前1293年 〜1291年頃 ラメセス1世
不明 カー 紀元前1291年 〜1278年頃 セティ1世
紀元前3150年 〜3125年頃 スコルピオン2世 紀元前1279年 〜1212年頃 ラメセス2世
紀元前3125年 〜3062年頃 ナルメル 紀元前1212年 〜1202年頃 メルエンプタハ
紀元前3062年 〜3000年頃 ホル・アハ 紀元前1202年 〜1199年頃 アメンメセス
紀元前3000年 〜2999年頃 ジェル 紀元前1199年 〜1193年頃 セティ2世
紀元前2999年 〜2977年頃 ジェト 紀元前1193年 〜1187年頃 サプタハ
紀元前2977年 〜2951年頃 デン 紀元前1187年 〜1185年頃 タウセルト
紀元前2951年 〜2925年頃 アネジイブ 紀元前1185年 〜1182年頃 セトナクト
紀元前2925年 〜2916年頃 セメルケト 紀元前1182年 〜1151年頃 ラメセス3世
紀元前2916年 〜2890年頃 カア 紀元前1151年 〜1145年頃 ラメセス4世
紀元前2890年 〜2847年頃 ヘテプセケメイ 紀元前1145年 〜1141年頃 ラメセス5世
紀元前2847年 〜2808年頃 ラーネブ 紀元前1141年 〜1133年頃 ラメセス6世
紀元前2808年 〜2761年頃 ニネチェル 紀元前1133年 〜1126年頃 ラメセス7世
紀元前2761年 〜2753年頃 ウェネグ 紀元前1133年 〜1126年頃 ラメセス8世
紀元前2753年 〜2733年頃 セネド 紀元前1126年 〜1108年頃 ラメセス9世
紀元前2733年 〜2716年頃 セト・ペルイブセン 紀元前1108年 〜1098年頃 ラメセス10世
紀元前2716年 〜2686年頃 カセケムイ 紀元前1098年 〜1070年頃 ラメセス11世
紀元前2686年 〜2668年頃 サナクト 紀元前1080年 〜1074年頃 ヘリホル
紀元前2668年 〜2649年頃 ジェセル 紀元前1074年 〜1070年頃 ピアンキ
紀元前2649年 〜2643年頃 セケムケト 紀元前1070年 〜1032年頃 パネジェム1世
紀元前2643年 〜2637年頃 カーバー 紀元前1054年 〜1046年頃 マサハルタ
紀元前2637年 〜2613年頃 フニ 紀元前1045年 〜992年頃 メンケペルラー
紀元前2613年 〜2589年頃 スネフェル 紀元前992年 〜990年頃 スメンデス2世
紀元前2589年 〜2566年頃 クフ 紀元前990年 〜969年頃 パネジェム2世
紀元前2566年 〜2558年頃 ジェドエフラー 紀元前969年 〜945年頃 プスセンネス3世
紀元前2558年 〜2532年頃 カフラー 紀元前1069年 〜1043年頃 スメンデス1世
紀元前2532年 〜2504年頃 メンカウラー 紀元前1043年 〜1039年頃 アメンエムニスウ
紀元前2504年 〜2500年頃 シェプスセスカフ 紀元前1039年 〜991年頃 プスセンネス1世
紀元前2498年 〜2491年頃 ウセルカフ 紀元前993年 〜984年頃 アメンエムオペト
紀元前2491年 〜2477年頃 サフラー 紀元前984年 〜978年頃 大オソルコン
紀元前2477年 〜2467年頃 ネフェリルカラー 紀元前978年 〜959年頃 サアメン
紀元前2467年 〜2460年頃 シェプセスカラー 紀元前959年 〜945年頃 プスセンネス2世
紀元前2460年 〜2453年頃 ネフェルエフラー 紀元前945年 〜924年頃 シェションク1世
紀元前2453年 〜2422年頃 ネウセルラー 紀元前924年 〜889年頃 オソルコン1世
紀元前2422年 〜2414年頃 メンカウホル 紀元前890年頃 シェションク2世
紀元前2414年 〜2375年頃 ジェドカラー 紀元前889年 〜874年頃 タケロト1世
紀元前2375年 〜2345年頃 ウナス 紀元前874年 〜850年頃 オソルコン2世
紀元前2345年 〜2333年頃 テティ 紀元前850年 〜825年頃 タケロト2世
紀元前2332年 〜2283年頃 ペピ1世 紀元前825年 〜773年頃 シェションク3世
紀元前2283年 〜2278年頃 メルエンラー 紀元前773年 〜767年頃 パミ
紀元前2278年 〜2184年頃 ペピ2世 紀元前767年 〜730年頃 シェションク5世
 ? ウアジカラー 紀元前730年 〜715年頃 オソルコン4世
 ? カカラー・イビィ 紀元前870年 〜860年頃 ハルスィエセ
 ? メリイブラー 紀元前818年 〜793年頃 ペディバステト
 ? メリカラー 紀元前793年 〜787年頃 シェションク4世
 ? カネフェルラー 紀元前787年 〜759年頃 オソルコン3世
 ? ネブカウラー・アクトイ 紀元前764年 〜757年頃 タケロト3世
紀元前2134年 〜2117年頃 アンテフ1世 紀元前757年 〜754年頃 ルドアメン
紀元前2117年 〜2069年頃 アンテフ2世 紀元前754年 〜715年頃 イウプト
紀元前2069年 〜2060年頃 アンテフ3世  ? ニムロト
紀元前2060年 〜2010年頃 メンチュヘテプ2世  ? ペフチャウアバステト
紀元前2010年 〜1998年頃 メンチュヘテプ3世 紀元前727年 〜720年頃 テフナクト
紀元前1997年 〜1991年頃 メンチュヘテプ4世 紀元前720年 〜715年頃 バクエンレネフ
紀元前1991年 〜1962年頃 アメネムハト1世 紀元前747年 〜716年頃 ピアンキ
紀元前1971年 〜1926年頃 センウセレト1世 紀元前716年 〜702年頃 シャバカ
紀元前1929年 〜1895年頃 アメンエムハト2世 紀元前702年 〜690年頃 シャバタカ
紀元前1897年 〜1878年頃 センウセレト2世 紀元前690年 〜664年頃 タハルカ
紀元前1878年 〜1841年頃 センウセレト3世 紀元前664年 〜656年頃 タヌトアメン
紀元前1842年 〜1797年頃 アメンエムハト3世 紀元前664年 〜610年 プサムテク1世
紀元前1798年 〜1786年頃 アメンエムハト4世 紀元前610年 〜595年 ネカウ2世
紀元前1785年 〜1782年頃 セベクネフェル(女王) 紀元前595年 〜589年 プサムテク2世
紀元前1782年 〜1778年頃 ウガエフ(Wegaf) 紀元前589年 〜570年 ウアフイブラー
 ?年 〜前1760年頃 アメニ・アンテフ4世 紀元前570年 〜526年 イアフメス2世
紀元前1760年頃 ホル 紀元前526年 〜525年 プサムテク3世
紀元前1750年頃 セベクヘテプ2世 紀元前525年 〜522年 カンビュセス2世
紀元前1747年頃 ケンジェル 紀元前521年 〜486年 ダレイオス1世
紀元前1745年頃 セベクヘテプ3世 紀元前485年 〜465年 クセルクセス
紀元前1741年 〜1730年頃 ネフェルヘテプ1世 紀元前465年 〜424年 アルタクセルクセス1世
紀元前1730年 〜1720年頃 セベクヘテプ4世 紀元前423年 〜405年 ダレイオス2世
紀元前1720年頃 アイ 紀元前405年 〜359年 アルタクセルクセス2世
 ? ネフェルヘテプ2世 紀元前404年 〜399年 アミルタイオス
 ? ネヘシ 紀元前399年 〜393年 ネフアアルド1世
 ? シェシ 紀元前393年 〜380年 ハコル
 ? ヤコブヘル 紀元前380年 〜362年 ナクトネブエフ
 ? キアン 紀元前362年 〜360年 ジェドホル
 ? アペピ1世 紀元前360年 〜343年 ナクトホルエブ
 ? アペピ2世 紀元前343年 〜338年 アルタクセルクセス3世
 ? アナテル 紀元前338年 〜336年 アルセス
 ? ヤコブアアム 紀元前336年 〜332年 ダレイオス3世
 ? セベクエムサフ1世 紀元前332年 〜323年 アレクサンドロス大王
 ? セベクエムサフ2世 紀元前323年 〜317年 ピリッポス3世
 ? アンテフ7世 紀元前317年 〜305年 アレクサンドロス4世
紀元前1633年頃 サナクトエンラー・タア1世 紀元前305年 〜282年 プトレマイオス1世
紀元前1574年頃 セケネンラー・タア2世 紀元前285年 〜246年 プトレマイオス2世
紀元前1573年 〜1570年頃 カーメス 紀元前246年 〜222年 プトレマイオス3世
紀元前1570年 〜1546年頃 イアフメス1世 紀元前222年 〜205年 プトレマイオス4世
紀元前1551年 〜1524年頃 アメンヘテプ1世 紀元前205年 〜180年 プトレマイオス5世
紀元前1524年 〜1518年頃 トトメス1世 紀元前180年 〜145年 プトレマイオス6世
紀元前1518年 〜1504年頃 トトメス2世 紀元前145年 プトレマイオス7世
紀元前1498年 〜1483年頃 ハトシェプスト 紀元前170年 〜116年 プトレマイオス8世
紀元前1504年 〜1450年頃 トトメス3世 紀元前116年 〜80年 プトレマイオス9世
紀元前1453年 〜1419年頃 アメンヘテプ2世 紀元前110年 〜88年 プトレマイオス10世
紀元前1419年 〜1386年頃 トトメス4世 紀元前80年 プトレマイオス11世
紀元前1386年 〜1349年頃 アメンヘテプ3世 紀元前80年 〜51年 プトレマイオス12世
紀元前1350年 〜1334年頃 アメンヘテプ4世 紀元前58年 〜55年 ベレニケ4世
紀元前1336年 〜1334年頃 スメンクカラー 紀元前51年 〜30年 クレオパトラ7世
紀元前1334年 〜1325年頃 ツタンカーメン 紀元前36年 〜30年 プトレマイオス15世
紀元前1325年 〜1321年頃 アイ